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昭和の終わりを描く市川準の社会派映画
犬童『ノーライフキング』と『会社物語』両方観て「市川さん社会派やろうとしてんなあ」とは思ったんですよ。『ノーライフキング』は昭和の終わりの子どもを捉えておこうとしている視点。『会社物語』もウェルメイドな定年退職の映画にしないし、家庭内暴力も入れてるじゃないですか。それによって昭和の終わりを表現する社会派のジャンルにハマっていくところがあるんですよ。
鈴木『ノーライフキング』はすごく、次の世代の子どもたちに対して希望を持とうとしてる映画だと思いました。最後だって「マコトくんがんばれ」っていう落書きがいっぱいあるし、ある種大人たちが「外へ出てみろ」と促して、それを大人たちが励ますように見守ってるんですよね。自分たちとはリアルは変わるだろうが、そこで君が新しいリアルを見つけてくれというようなことをずいぶん丁寧に重ねてるんだなあって改めて思ったんですよ。
尾形市川さんの息子さんが主人公のマコトくんとだいたい同じくらいの歳だったんで、その世代に対する思いがかなり核になってたんじゃないかな。
鈴木そうか、自分の子どもに対する思いか。逆にすごい心配だということだよね。男の子が街を彷徨っていろいろなものを見る。目線としては、彼がリアルに感じるもののショットを重ねているようには見えるんですけどね。『会社物語』でも、次はどの村へ向かったらよいのでしょうということと重なるのか、やっぱりハナさんが街を彷徨っていろいろなものを見ている。両方ともそうだなと思いました。
犬童彷徨い好きなんですよ。『大阪物語』もずっと彷徨ってるんで。
鈴木とにかく彷徨ってますよね。市川さんて街の風景フェチですね。
犬童そうですよ。ひたすら撮ってますからね、街の風景。使いまわせるんじゃないかってぐらい撮ってますから(笑)
鈴木街を撮りたくてとりあえず物語つけとこうみたいな感じなのかな(笑)まず最初に「大阪撮りたい」とかあるんだよね、きっと。
犬童そうですそうです。「大阪を撮りたい」「大阪にいる人を撮りたい」んです。そのためにはどんな話がいいかなって。
鈴木絶対そう。
犬童市川さんと『大阪物語』のカメラマンの小林(達比古)さんと、風景ショットの話しになったんですよ。僕がその時に話したのは、小津安二郎の映画にも風景はよく入ってくるけれども、「市川さんの風景とは違う」ということでした。小津は時間経過で風景ショット入れるけど、市川さんて時間経過で入れてるわけではないんです。
鈴木そうですねえ。
犬童「市川さんの映画は、風景ショット入れることでストーリーが日々の営みみたいな感じになってくるんですよね」と僕が言ったんですよ。起きてるドラマが盛り上がってるのに風景ショットのおかげで俯瞰的になるので、この人たちはその街で日々こういうふうに営んでるというのが見えちゃう。市川さんと小林さんは「いいこと言うなあ」って、気に入ってましたね。
鈴木今日は市川さんの映画の話するから『buy a suit』を観直したんですよ。風景のショットって、普通であればその登場人物に関わるものとか見ているものとかじゃないですか。
犬童見ているものか時間経過ですよね。
鈴木あれもショットの積み重ねというか、彼女から見えないはずのものもひょいひょい入れながら、やり取りは続いていくんですよね。
犬童そうですそうです。
鈴木『ノーライフキング』もそういうとこがあったんだよなあ。今のこの人には関係がない、目線にも入ってこない。広い東京の中のこの二人の営みというような。登場人物の営みの意味もあるけれども、この街の中で今日はこの人をピックアップしましたみたいな(笑)
犬童同時に、他の人たちにも色んなことがあるんだということが常につきまとってるというか。
鈴木風景のカットのすごく個性的な積み重ね方。それが市川さんの人間とかドラマとか街を捉える視点、視座というかさ。
犬童人も風景みたいに撮りますよね。
鈴木みんながオフィスに向かう中でちょっとホームレス風なおじさんが信号機のあたりに立ってるだけのカットが『会社物語』にありますよね。
犬童あれは風景なんですよね、たぶん。逆に言ったら主人公も違うところから見たら一つの風景だということがつきまとっているというか。ハナさんもただ歩いてる画が風景ショット的な見え方になる効果がありますよね。
鈴木俳優が作為を諦めるまでカメラを回すこととか、ときに風景の一部のように人物を捉えるということ。そういう市川さんの演出とハナさんの演技の考え方は現場でぶつかったんじゃないかな。想像に難くないです。
尾形私は定年コンサートシーンにエキストラでいたんですけど。ハナさん見てると「オレが主役だ」って感じがプンプンするわけ。
鈴木そりゃそうでしょう。
尾形市川さんが何か伝えて、ハナさんは「ああわかったわかった」と言うけど「お前はこうしてこうして」ってまわりを仕切ろうとする(笑)市川さん、小声で「ゴリラ」(笑)
一同 (笑)
尾形だからクレージーのシーンも、ハナさんにちょっと力が入りすぎている感じがどうしても拭えないところがあります。
鈴木やっぱり、実際のクレージーの関係というか。ハナさんはほんとにボスだったから。
犬童ハナさんは山田洋次さんの映画とかにも出てたりとかしてるんですけど、まったく違いますよ。この映画は市川準しか撮れないハナ肇にはなってますね。
鈴木素晴らしいコメディアンであるし素晴らしい俳優でもあるだけに、演じてナンボってとこがあると思うんですよ。一流の俳優さんであればあるほど、そこは俺たちの仕事だろうというところがあるんですよね。
尾形ハナさん、市川さんと会ったときに「こいつ何者だろう」とすごい違和感を持ったでしょうね。
鈴木絶対あったと思う。「芝居するな」って言うわけですもんね。だけどやっぱり、ハナさんの最後のドラムソロ。電話が鳴って、みんなが会社に来る。それでもハナさんはドラムソロやり続けて、ほんとにゴリラみたいな顔になってね(笑)あの顔はほんとすごいです。
犬童いいですよねえ。
鈴木おそらくハナさんとしては渾身の芝居だと思うんですよ。それは市川さんが考える作為のない芝居とは違うものだとは思うんだけど、あそこはやっぱりあのハナさんだからいいんですよね。
尾形結果的にその役で賞も取ったから市川さんに感謝してるだろうし。その後、市川さんとハナさんでCM撮ったりしてるでしょ。最後はめでたしめでたしってことでいいんじゃないかなあ。